目 次

新海 誠(監督)インタビューコメント3
新海 誠(監督)インタビューコメント2
新海 誠(監督)インタビューコメント1
#26 キノコ・タケノコ(コミックス・ウェーブ・フィルム 制作進行)
#25 木田 昌美(キャスティング ネルケプランニング)
#24 三木 陽子(色彩設計補佐・撮影)・市川 愛理(撮影)
#23 松田 沙也(脚本協力)
#22 李 周美(撮影チーフ)
#21 真野 鈴子・玉腰 悦子・中嶋 智子(動画検査・動画)
#20 木曽 由香里・鮫島 康輔・釼持 耕平(アンサー・スタジオ 制作)
#19 箕輪 ひろこ・田澤 潮(原画・作画監督補佐)
#18 三ツ矢 雄二(アフレコ演出)
#17 渡邉 丞・滝口 比呂志・泉谷 かおり(美術)
#16 池添 巳春・本田 小百合・青木 あゆみ(美術)
#15 中田 博文・岸野 美智・岩崎 たいすけ(原画)
#14 竹内 良貴(CGチーフ)
#13 肥田 文(編集)
#12 多田彰文(編曲・アレンジ)
#11 熊木杏里(主題歌)
#10 粟津順・河合完治(撮影、CG)
#09 野本有香(色指定・検査)
#08 廣澤晃・馬島亮子(美術)
#07 土屋堅一(作画監督)
#06 天門(音楽)
#05 丹治 匠(美術監督)
#04 西村貴世(作画監督・キャラクターデザイン)
#03 井上和彦(声の出演)
#02 入野自由(声の出演)
#01 金元寿子(声の出演)

木田 昌美(ぼくだ まさみ)『星を追う子ども』キャスティング(ネルケプランニング) #25

【ネルケプランニング 会社概要】

ネルケプランニング公式サイト
http://www.nelke.co.jp/company/

『ほしのこえ』からずっと待ち望んでいた新海作品のキャスティング

■木田さんと新海作品との出会いは。

木田
「もともと、川口さん(『星を追う子ども』プロジェクト・マネージャー)と弊社ネルケプランニングが以前から仕事のお付き合いがあり、そのご縁で『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』のキャスティングをネルケプランニングで担当させていただき、今回の作品が3作品目となります。
 私は2002年に『ほしのこえ』を拝見させていただいて新海ワールドに魅了されて以来、新海監督の熱烈なファンで、社内でずっと「新海監督の新作のキャスティングがあればぜひやりたいです!」と言い続けていたのですが、他に抱えている仕事との兼ね合いもあって『雲のむこう』の時も『秒速』の時もキャスティングを担当することができませんでした。そして今回『星を追う子ども』のお仕事の依頼が弊社に入ってきた時、タイミングよく私はそれほど多く他の仕事を抱えていなかったので「私、やります!」と即座に声をあげました。
 もちろん、これまで『雲のむこう』や『秒速』を担当していたスタッフがそのまま続けて担当したほうが、新海監督の求める声の好みなどを把握している分、スムーズに仕事が進むという利点があります。しかし今回、『星を追う子ども』のお話をいただいた時に「これまでの作品とはかなり雰囲気が変わる映画になるな」という印象があり、社内的にも「それなら思い切って担当者が変わってもいいんじゃないか」という判断があったようで、ついに私がキャスティングを担当させていただけることになりました。「やった!念願の新海作品だ!!」ととても嬉しかったです。」

■シナリオや絵コンテをお読みになられて、どのように感じられましたか。

木田
「壮大だな、と思いましたね。"隣りのクラスで起こっている事件"という感じではなくて、もう少し遠くの世界の物語だなと。でも、新海さんの作品の持つ真面目さや温かさは変わっていませんでしたね。また、キャラクターデザインやコンセプトボードを見て、ちょっと懐かしい感じがしました。子どもの頃に見ていたアニメ、というような感じで。
新海監督から「今回は、メインは声優さんでいきたいと思います」というお話をうかがった時に、「なるほど」と納得しました。今までとは作り方が変わるんだな、ということが監督の言葉から伝わってきました。これまでの新海さんの作品は、非常にリアルで繊細で"ナマっぽい"ところを重視してらしたと思うんです。それを表現するためには、声優さんよりも俳優さんの声の持つ生々しさが必要でした。けれど今回は、もっと伝えたいことがはっきりしていて、それを伝えるために声優さんの声の持つ力を必要としているんだなと理解しました。また、最初の打ち合わせの段階で「モリサキは井上和彦さんのイメージです」と監督から言われ、頭の中ではすでに井上さんの声でモリサキができあがっているようでしたので、モリサキに関しては井上さんにお願いするということで仮決定となりました。
 ですから、キャスティングの第一段階は、まずアスナ役とシン/シュン役を決めることでした。2010年3月に、各声優事務所さんに作品概要やキャラクターのセリフなどをお送りして、「2011年の春頃に公開予定の劇場版アニメーションのオーディションをおこないますので、条件に合う方がいらっしゃればセリフのボイスサンプルをください」とお声をおかけしました。こちらから「この方のサンプルをください」と指名してお願いした声優さんもいらっしゃいますし、事務所さんから「うちの新人です。いろんな可能性を見てください」と、アスナ役とシン/シュン役、両方のセリフのサンプルをいただいた方もいます。そうして200人ぐらいの方のボイスサンプルをいただいて、それをこちらで5分の1くらいの人数に絞ってから新海監督にチェックしていただきました。」

■どのような観点から絞っていくのですか。

木田
「まず新海監督からの要望として、「特定のイメージが浮かんでしまう声優さんではない方がいいですね」と言われました。また、前々から「アスナは賢さを感じさせるような声が欲しいですね」ということも監督から言われていました。これはなかなか難しいことです。技術でどうこうできることではなく、声からにじみでる人間性のようなものが判断材料とされているわけですから。ただ、アスナはそれほど口数の多い子ではありません。一言しゃべる、その言葉の後ろにどれだけたくさんの思いを隠しているのか……。そこがアスナの大事なところだと思うので、それを表現できる声優さんが必要でした。何が隠されているのかは、見る人が自由に想像すればよいことだとは思うんですけど、だからといって演じる側が何も考えていなかったら、見ている側にはおそらく本当に何も伝わらないでしょう。やはり演じる側はしっかり「何を隠しているのか」「何を抱えているのか」を考えて、それを短い一言のセリフの中で表現しなければなりません。それが監督のおっしゃられた"声から感じられる賢さ"ということだと思います。
 私がキャスティングを進めていく中で大事にしていたことは、「今時の若者風ではないしゃべり方ができるか」ということです。自分が幼い頃に見ていたアニメって、今のアニメよりももっと流れがゆったりしていたと思うんです。ですから、『星を追う子ども』の懐かしい感じを出すためには、"ゆったり感"があって、品のある、スレていない雰囲気を出せる声優さんがいいなと思いました。特にアスナは、あれだけの山の中の村で育った子ですから、都会を知らない、純粋な感じを出せる人がいいなと。
 だけど、「知っていることを匂わせずに演技する」ということは、とても難しいんですよね。「知らない」ということを表現するためには、「少し経験があって、"知らなかった頃の自分"のお芝居にすぐに戻ることができる人」か、あるいは「本当にまだ何も知らない、新人に近い人」か、どちらかがよいのではないかと考えました。声優でも俳優でも、新人の頃にしかできない声、若いころしかできない芝居、というものがあると思うんです。「3年経ったらもう昔と同じ芝居はできないんだな」と、特に新人の方を見ていてそう感じます。それは「誰しも子どもの頃には戻れない」という宿命のようなものだと思いますね。でも、ベテランの声優さんというのは、昔のことを追体験で再現できる能力がものすごく高いんです。今回、リサ役の島本須美さんの収録の時に、テストを聞いて新海監督が控えめに「すみません、リサの声はもう少し若い感じで……」と演出したら、島本さんは「はーい」っておっしゃって、すぐに20代の声になったんです。「すごい!さすが島本さんだ!」と驚きました。これがプロの声優の技なんだと。
 新人さん、あるいは新人さんに近い方の場合は、なかなかパッと"知らなかった頃""子どもだった頃"の演技をすることが難しいかも知れませんが、アフレコ演出の三ツ矢雄二さんは若い声優さんの微妙な変化を汲み取るのがすごく上手な方なので、収録のときは三ツ矢さんにお願いすれば大丈夫だ、と信じていました。」

キャスティングで大事なのは作品全体のバランス。
まずアスナ役の声優を決め、それに合わせてまわりの役を決めていく

■キャスティングをやっていく中で、どんな苦労がありましたか。

木田
「最初は、アスナ役とシン/シュン役をそれぞれ同時並行で探していたんですが、キャスティング作業を進めていくうちに「主役のアスナが決まらないと作品全体のバランスがとれず、周りの役が決められない」ということに気付きました。そこで、まずアスナ役の声優さんを決めることに集中することにしました。
 新海監督にボイスサンプルを聞いていただいて候補者を数人に絞っていただき、候補の声優さんに録音スタジオに来ていただきました。監督が用意したオーディション用の映像に合わせて模擬アフレコをしてもらい、そこで監督から「もっと明るく」「もう少し気持ちを抑えて」というような演出指示があり、その都度演出に沿って演技をしていただきます。このような形のオーディションを数回重ねました。新海監督は、何事に対しても非常に丁寧に納得して物事を進められる方なので、「新海作品のキャスティングは時間がかかる」ということはこれまでの経験上分かっていたつもりでしたが、これほど何度も丁寧にオーディションを重ねるというやり方は、他の監督さんの作品ではあまりやったことがありませんでしたね。
 結局、最終的にアスナ役が金元寿子さんに決まるまで半年くらいかかったでしょうか。おそらく、最終候補に残っていたどの声優さんがアスナに決まったとしても、それぞれ魅力的なアスナを演じてくださったと思いますし、きっと今とは違う『星を追う子ども』ができあがったことでしょう。ただ、新海監督が最初に頭に思い描いていたアスナのイメージに限りなく近かったのが、金元さんだったのではないかと思います。
 金元さんは、ちょっと不思議な雰囲気のある声優さんですね。ご本人はそれほど意識している感じではありませんが、金元さんご自身が、ちょっぴり今時ではない、古き良き時代を思わせる空気感があります。それだけに、「テレビアニメ「侵略!イカ娘」の主役に決まりました」と報告を受けた時には、正直なところ「その経験を経て、金元さんはどんなふうに変わるのだろうか」と、少し不安もありました。」

■不安とは?

木田
「いわゆる"萌えアニメ"には様々な技術があって、それこそ息づかい一つとっても独特のワザがあったりもしますから、金元さんもいっぱい"萌え"の技術を身に付けてしまうのかなぁ……と。もちろん私も萌えアニメは嫌いではなく、「かわいいな」と思いますよ。新海監督も「侵略!イカ娘」お好きですよね(笑)。それに現実的に"萌えアニメ"は需要があるわけですから、特に女性声優さんは大抵の方が経験されるものです。ただ、「今回の作品では"萌え"の要素はいらないよ」とディレクションされた時にきちんと自分の中の"萌え"要素を取り外して演技できるかどうか、ということが大事なんです。若い声優さんの中には、演技をまだ充分にコントロールできない人もいるだろうし、自分の声に含まれている"萌え"の要素を自覚できていない人もいるでしょう。
 さて金元さんは「イカ娘」を経てどんな変化を遂げるのだろう……とドキドキしておりましたが、結果的には、金元さんはそれほど変わっていませんでしたね。細かい端々で「おっ、プロ声優の技術を身に付けたな」という感じはしましたが、根本は変わっておらず、ホッとしました。」

セリフにならない思いが込められたキャラクターの息づかいに注目を

■アスナ役が決まってから、続いてどのようにキャスティングが進みましたか。

木田
「金元さんが決まったことで、他の役のキャスティングも一気に動き始めました。シン/シュン役の候補の方にも順次録音スタジオに来ていただき、新海監督からの演出に合わせて演技をしていただくオーディションを重ねた結果、入野自由さんに決まりました。実は入野さんは他のお仕事が決まっていたのでアフレコのスケジュールを合わせるのがとても厳しかったんですが、「ずっと新海監督の作品に出たいと思っていたので、できる限り調整したい」と言ってくださり、ありがたかったですね。入野さんだけでなく、他の声優さんやそれぞれの事務所の方々からも「新海さんの作品に出たかった」「新海さんの作品だから何とか都合をつけて参加したい」と、ずいぶん無理をしてスケジュールを調整してくださったり……本当に感謝しています。新海監督の作品のお力のおかげだなぁと実感しました。
 伊藤かな恵さんや日高里菜さんはアスナ役のオーディションに来てくださって、新海監督が「アスナではなく別の役のほうがよいかも知れないですね」とおっしゃられ、伊藤さんにセリ役を、日高さんにマナ役をお願いすることになりました。
アモロートの老人役の大木民夫さん、長老役の勝倉けい子さん、僧兵隊長役の浜田賢二さん、アスナの母役の折笠富美子さん、ミミ役の竹内順子さんは皆さんそれぞれ豊富な経験をお持ちの声優さんで、リサ役の島本須美さんは監督の希望でもありました。若い方からベテランの方まで幅広いキャスティングができ、新海監督が望まれたイメージにかなり近付けたのではないかと思っています。ただ、最終的にキャストが決まるのが遅かったため、他のスタッフの方にご迷惑をかけてしまい、申し訳なかったですね。ちょっと粘り過ぎたかな……と(苦笑)。
それにしても今回は、これまでの新海作品と比べると、本当にキャストが多いですよね。今回のアフレコは3日間でしたが、アフレコ演出の三ツ矢雄二さん(インタビュー♯18)は「3日もかけるの?と思った」とおっしゃられていましたけれど、実は私は「3日間では録りきれないのではないか?」と本気で心配していました。」

■キャストの人数が多いからですか。

木田
「映画自体の尺も長くなっていますしね。新海作品は今までの作品でもアフレコに時間をかけていますが、『星を追う子ども』は映画の尺、キャストの人数、そのうえ新海監督のこだわりなども考えると「1週間くらい必要なんじゃないか?」と思ったほどです(笑)。しかし声優さんは皆さんとても忙しいので、やはりアフレコにとれる時間は3日間が限界の長さなんですね。また他の仕事との兼ね合いもあり、スタジオの入り時間などがどうしてもバラバラになるため、今回は順録り(お話の頭のシーンから順番に収録していくこと)ではなく、皆さんのスケジュールに合わせて、別録り(順番と関係なくバラバラに収録していくこと)で進めていきました。」

■収録スタジオはどんな雰囲気でしたか。

木田
「新海監督は、キャストにも私達スタッフにもいつも本当に優しくて、とても丁寧にご挨拶してくださいます。「すごいなあ、監督なのにこんなに腰が低くて大丈夫なのかしら」と心配してしまうほどです(笑)。新海監督は、声優さんの仕事に対してすごく尊敬の念を持ってらっしゃるのでしょうね。「絵に関しては最終的には自分でチェックできるけれど、声の演技は自分ではできない」と。
 新海さんの作品は、無言のシーンや息づかいだけのシーンが多く、声優さんに楽な芝居をさせませんね(笑)。「セリフがあったほうが、よっぽど楽なのに」と思ってしまいます。でもその分、声優さんの技術や表現の素晴らしさを存分に味わうことができます。セリフだけでなく、様々な"息"の表現や、台本の中で「・・・」と書かれてあるところのニュアンスをどのように表現するのか。ため息一つにしてもいろいろなシチュエーションがあり、そのシーンで必要なニュアンスがその息に含まれていないと空気感が作られないわけですから。声優さんのことを「すごい」といった場合、「セリフの読み方が上手い」とか「声色が自由自在に変わる」とかそういうイメージだと思うんですけど、それに加えて"息づかい"や"間のとり方"がとても重要なんだなと思います。三ツ矢さんも、アスナのちょっとしたため息などにもすごくこだわってアフレコ演出してくださいました。
 実は、新海監督の絵コンテには、セリフにはなっていない、登場人物のいろんな気持ちや心のつぶやきがすごく細かく描き込まれているんですよ。これを読めるのはスタッフとしての役得だなって思います(笑)。金元さんにも読んでもらいました。アスナが発する短い言葉の中にも、たくさんの思いが込められているのを感じていただけたら嬉しいですね。」

新海監督の絵コンテの一部。
キャラクターの心情が細かく描きこまれている。

電車の中でスカウトされて就職!? 偶然の出会いが重なって、今の自分がある

■木田さんはどのようなきっかけでこの業界に入られたのですか。

木田
「もともと両親が社会人劇団をやっていたので、子どもの頃からよく舞台を見に行っていました。中でも、楽屋という空間が一番好きでしたね。いつもは遊んでくれる普通のお兄さんお姉さんたちが、楽屋に入るとすごく真剣な顔でメイクして衣装に着替えて、舞台に上がったらまるで別人になっている……。その頃は特に意識していませんでしたが、私はあそこで育てられたんだなぁって思います。
 大学は日本大学芸術学部で演劇を学びました。私が在籍していたのは教養コースというところで、主に制作と戯曲について勉強するコースだったんですけど、実際には演劇に関することならざっくり何でもできるようなところでした(笑)。大学3年の終わりに、友人たちと一緒に劇団「BQMAP」を立ち上げ、私は制作を担当しました。実は劇団のみんなは心の中で「4年になったら劇団活動も終わるだろう」って何となく思っていたんですよ。ところが主宰は「今から始めるんだから、しばらくやるに決まっているだろ!」ってやる気マンマンで(笑)。ちなみに、BQMAPは今年結成20周年を迎えました。一つの劇団が20年続くのって、結構すごいことだと思います。
 大学卒業後、私は特に就職もしないまま、自分たちの劇団の制作業務をしたり知人の芝居を手伝ったり、ふらふらしていました。そんな私を見かねた大学時代の先輩が「今、小屋付き(演劇ホールなどに常駐している技術管理スタッフのこと)をやっているんだけど、8月にやめるから、私のあとにその仕事をやらない?」と声をかけてくださり、シアターサンモールという劇場に就職することになりました。
 小屋付きの仕事をしているとき、ネルケプランニング社長の松田が制作している舞台が上演され、それがきっかけで知り合いになりました。といっても、制作さんと小屋付きの関係ですから、劇場の鍵や灰皿を貸したり、「おはようございます」「お疲れ様でした」くらいの会話を交わすだけでしたが(笑)。
2年ほど小屋付きの仕事を続けましたが、本格的に舞台制作の仕事をやりたいと思ってサンモールを辞めて、次の仕事を探し始める前に3週間ほど中国に遊びに行ったんです。それで中国から帰ってきて空港から自宅に戻る電車の中で「これからどうしようかなぁ」とボーッとしていたら、たまたま松田が同じ電車に乗っていたんです。「今何やってるの?うちの会社、引っ越したから遊びにおいでよ」と言われて、一カ月後に遊びに行ったら、目の前に電話が置かれて「とっていいよ」って言われて「あ、はーい」と……そんな感じでネルケプランニングで仕事をすることになりました。それが今から17年くらい前のことです。」

■すごい成り行きですね!

木田
「実はネルケが何をする会社なのか、よく分かっていなかったんですよ(笑)。アニメの絵コンテをポンと渡されて「これがコンテって言うんだよ」「あ、はい」「コンテっていうのはこうやって拾うんだよ」「あ、はい」って、言われるがまま仕事をしました。"コンテを拾う"というのは、コンテを読みながらどのシーンにどのキャラクターが出てくるかをピックアップして、キャスティングの元となるデータを整えることです。まだネルケ自体がアニメのキャスティング業務を始めて間もない頃でしたから、コンテ拾いでも電話番でも、とにかく何でもやりましたね。関わったアニメを舞台化することになれば稽古場に通ったり、俳優プロダクション業務を始めることになればマネージメントのデスクをやったり……。いろいろやって、またキャスティングの部署に戻ってきた頃に『ほしのこえ』と出会って、今に至るという感じです。
 もともとネルケは舞台制作会社なのですが、ご縁があってアニメのキャスティング業務をやらせていただくことになり、「舞台で知り合った俳優さんたちも、もっとアニメの世界に来たらいいのに!」という思いから、舞台俳優さんにアニメの声優の仕事をお願いし始めたのだそうです。アニメの声をもっといろんな人が演じてもいいんじゃないか、そうすればアニメがもっと面白くなるんじゃないか……と。こんな冒険をおかすキャスティング会社はあまり他にはないでしょうね(笑)。
 舞台俳優さんは声優さんほど器用にいろんな役をこなせるわけではありませんが、俳優さんにはその人本人が持っている個性や、芝居の本質の面白さがあります。「こういう個性を持った役者の声が欲しい!」というのが明確なキャラクターの時には俳優さんにお願いすることが多いですね。アニメ独自の収録のやり方だとか、キャラクターの口の動きに合わせて声をあてる技術などに関しては、アフレコ演出の三ツ矢さんがいらっしゃれば非常に心強いです。三ツ矢さんはアニメだけでなく舞台のこともよく分かってらっしゃる方なので、舞台俳優さんの不安や戸惑いもすぐに理解してくださり、「こうすればいいですよ」とうまく導いてくださいます。」

■一般人をスカウトすることもあるのですか?

木田
「さすがに道端でいきなり声をかけたりはしませんが、舞台を見に行った時にいい声の役者さんがいた時は、知り合いのスタッフに「あの人はどこの事務所の人?声の仕事してるのかな?興味あるかどうか聞いておいて!」とお願いすることもあります。
 以前、知人の舞台を見に行った時、中学生の役を演じている俳優さんが本物の中学生のようなナマっぽい声だったんです。「この声はいいな」と思って知人に聞いてみたら、なんと本当にリアル中学生だったんですよ(笑)。「そうかぁ、中学生か……」と思ってその時は声をかけなかったのですが、高校生になった時にあらためて会って話をしてみたら、「何でもやってみたいです!」と非常にヤル気のある元気な男の子でした。ちょうどその頃、新人の子を探しているアニメ番組のオーディションがあったので、「ためしに応募してみようか」と送ってみたら、とても評判がよく、彼は見事主役に選ばれたんです。今や彼は声優だけでなく、ミュージカル、テレビドラマなど各方面で大活躍しています。」

■まるで映画のようなスター誕生物語ですね。

木田
「ですので、私としても彼に続く2匹目のドジョウを狙うべくスカウトの目を光らせているんですが(笑)、なかなか一般の方に声をかけるのは難しいですね。以前、ファミレスで食事している時、後ろのボックス席に座っている女の子の声がすっごくかわいくて、こっそり後ろを振り向いて見てみたんですが、「あー、カップルで来てるのかー、声かけづらいなー」って断念したことがあります(笑)。
 あるいは電車に乗っていてすごく良い声の車掌さんに出会ったりすると「ああ、ワンシーンだけでも出てもらえないかなぁ」って本気で思いますね(笑)。でも車掌さんご本人にはさすがに声をかけられないので、その声のイメージを頭に刻み込んで会社に戻り、社内にあるボイスサンプルCDを片っ端から聞いて、そのイメージに近い声の声優さんを見つけたりします。
 同僚はコーヒー屋の店員さんを本気でスカウトしていましたし、いつどこで良い出会いがあるか分かりませんから、いつもアンテナを広く張っておきたいですね。
 ネルケに入ったのもたまたま電車の中で松田社長と再会したからですし、そもそも前の仕事をやめて中国に遊びに行っていなければその電車に乗っていなかったでしょうし……いろんな偶然が重なって今の私があると実感しています。本当に人と人との出会いって大事だな、ラッキーだなって思いますね。」

主題歌が流れている間、映画とともに自分の人生のことも思い出して味わってほしい

■完成した『星を追う子ども』をご覧になられて、どのように感じられましたか。

木田
「私、ミミが大好きなんです。ミミの存在はこの作品にとってすごく大事だと思います。映画を見ている最中、「本当にミミがいたのかどうか、分からないな」って感じる瞬間がありました。もしかしたら、みんな、すごく壮大な幻想を見ていたのかも知れない。ミミは実際には存在していなかったんじゃないか……って。一言もセリフはしゃべらないけれど、ミミはすごくいろんなものを背負っているキャラクターだと思いますね。
 それから、アスナのお母さんが素晴らしいですね。最後に「行ってきます!」と言うアスナを見守ってくれている人がいる、というのは素敵なことだなと思います。」

■木田さんから見た『星を追う子ども』の見どころを教えてください。

木田
「うーん……全部が見どころですね。アスナがご飯を食べているシーンもいいですし、アモロートの家でお風呂に入るところもいいですね。アスナが「お風呂ォ!?」って叫ぶ瞬間とか、あの気持ちは日本人ならきっと皆さんお分かりいただけるでしょう(笑)。

 私が特に好きなのは、やはりエンディングですね。熊木杏里さん(インタビュー♯11)の主題歌「Hello Goodbye & Hello」の第一声が入った瞬間に、見ているこちらもずっと溜め込んでいた思いが一気に吹き出す感じがして、すごくいいなと。別に「映画を見ている間は泣いちゃだめ、我慢しろ」なんて誰かに言われているわけではないんですけど、映画を見ている間は、基本的には監督が作られた作品世界の物語やメッセージを受け身の姿勢で受け取っている状態だと思います。でも、あの歌が流れた瞬間にそれがブワッと逆流するというか、自分のなかでグルグル回り始めるんです。それまで見てきた『星を追う子ども』のいろんなシーンも思い出すでしょうし、それだけじゃなくて自分が今まで生きてきた中で起こった出来事のこととか、心の奥に秘めていた感情とか、そういうものも含めてその瞬間に「ああ、思い出していいんだ」って許されたような気持ちになるんです。映画が終わって劇場を出ればまた現実世界の日常に戻るわけですから、ぜひ、あの歌が流れている中では、ゆったりと、この映画のこと、そして自分の人生のことを思い出して、味わって、凝縮された素敵な時間を過ごしてほしいですね。」

■今後、木田さんがやってみたいことは。

木田
「声優さんだけでなく、いろんなジャンルの新鮮な方々をアニメーションにキャスティングしていきたいですね。「ええっ、この人がこの役に!?」「意外だけど、いいね!」と驚いていただけたら嬉しいです。プロの声優さんだけでなく、いろんな俳優さんや女優さんがアニメーションの声を演じることで、表現がより豊かにふくらんで、アニメはもっと面白くなるし、もっと可能性が広がっていくと思うんです。そうしてアニメーションの楽しさをもっともっとたくさんの方に伝えていきたいですね。
 もちろん作品の持つ性格によって、「安心できるベテラン声優で固めたい」という番組もありますし、「フレッシュなキャストを揃えたい」という番組もあります。監督の希望、プロデューサーの希望、いろんなスタッフのオーダーに応えられるキャスティングをやりたいなといつも心がけています。
 これからも、いろんな人をご紹介していけるように、一つ一つの出会いを大事にしていきたいですね。」


【インタビュー日 2011年6月22日
聞き手・構成:『星を追う子ども』宣伝スタッフ 三坂知絵子】

<ウィンドウを閉じる>