目 次

新海 誠(監督)インタビューコメント3
新海 誠(監督)インタビューコメント2
新海 誠(監督)インタビューコメント1
#26 キノコ・タケノコ(コミックス・ウェーブ・フィルム 制作進行)
#25 木田 昌美(キャスティング ネルケプランニング)
#24 三木 陽子(色彩設計補佐・撮影)・市川 愛理(撮影)
#23 松田 沙也(脚本協力)
#22 李 周美(撮影チーフ)
#21 真野 鈴子・玉腰 悦子・中嶋 智子(動画検査・動画)
#20 木曽 由香里・鮫島 康輔・釼持 耕平(アンサー・スタジオ 制作)
#19 箕輪 ひろこ・田澤 潮(原画・作画監督補佐)
#18 三ツ矢 雄二(アフレコ演出)
#17 渡邉 丞・滝口 比呂志・泉谷 かおり(美術)
#16 池添 巳春・本田 小百合・青木 あゆみ(美術)
#15 中田 博文・岸野 美智・岩崎 たいすけ(原画)
#14 竹内 良貴(CGチーフ)
#13 肥田 文(編集)
#12 多田彰文(編曲・アレンジ)
#11 熊木杏里(主題歌)
#10 粟津順・河合完治(撮影、CG)
#09 野本有香(色指定・検査)
#08 廣澤晃・馬島亮子(美術)
#07 土屋堅一(作画監督)
#06 天門(音楽)
#05 丹治 匠(美術監督)
#04 西村貴世(作画監督・キャラクターデザイン)
#03 井上和彦(声の出演)
#02 入野自由(声の出演)
#01 金元寿子(声の出演)

真野 鈴子(まの れいこ)・玉腰 悦子(たまこし えつこ)・中嶋 智子(なかしま さとこ)『星を追う子ども』動画検査・動画 #21

【真野 鈴子 プロフィール
東京デザイナー学院卒業。アニメ会社に入社、2年後フリーに。
ジブリ作品は『魔女の宅急便』、
ディズニージャパンは「ティガームービー」から参加。
現在、旭プロダクション 動画育成担当。

【玉腰 悦子 プロフィール
アンサー・スタジオ所属。動画検査を務めている。
【中嶋 智子 プロフィール
1979年生まれ 広島出身。フリー動画検査。
参加作品として『Fate/stay night Unlimited Blade Works』、
『劇場版 NARUTO -ナルト- 疾風伝 絆』、『鉄コン筋クリート』、
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』などがある。

デジタルで生活している人=怖い人!? でも実際の新海監督は「フツーの人」

■皆さんと新海作品との関わりについて教えてください。

真野
「『秒速5センチメートル』で動画を描かせていただいたのが最初です。そのつながりで、2009年の春に新海監督がロンドンから帰国された時の飲み会にお邪魔した際、伊藤さん(『星を追う子ども』プロデューサー)から「次回作は動画検査でよろしくお願いしますね」と依頼されました。まだシナリオも絵コンテもない状態でしたが(笑)。」

玉腰
「私は本格的に参加するのは今回が初めてです。アンサー・スタジオが『星を追う子ども』の作画の一部と仕上げを担当させていただくことになり、私もアンサー・スタジオの一員として動画検査に加わりました。」

中嶋
「私は新海監督とのお仕事は全く初めてです。当初は動画として2010年2月から参加していたのですが、先に動画検査として入ってらっしゃった元永由美子さんから「人手が足らないから、よろしく」と呼ばれまして、7月にこちらに加わりました。私にとって元永さんは師匠のような方なので。」

■皆さんから見た新海監督の第一印象は。

真野
「『ほしのこえ』のDVDが出て話題になった頃に、新海作品が好きな原画さんがDVDを貸してくれたんです。「すごい感性だな。今はパソコンでこんなことができちゃうんだなあ」と驚きましたが、まさか一緒にやるなんて全然思っていませんでした。その後、西村さん(『秒速5センチメートル』『星を追う子ども』作画監督。インタビュー♯04)と一緒にお仕事した時に「新海誠監督の作品の原画をやるんですが、動画を描いていただけませんか」とお誘いをいただきました。それが『秒速5センチメートル』で、最初の打ち合わせで新海さんに会いに行くときはすっごくドキドキしましたね。「デジタルで生活している人、イコール、怖い人」っていうイメージがあったんですよ。きちっとしてて、難しい単語とかいっぱい使うんじゃないかって(笑)。そんなふうに考えながら新海監督の自宅兼スタジオにお邪魔したら、全然イメージと違っていましたね。猫のサユリもいましたし。サユリがすごくなついてくれて、新海さんが「サユリは初対面の人にはあんまりなつかないのに、真野さんにはなついていますね」って言ってくれて、それで気が楽になりました。」

玉腰
「私も同じくDVDを借りて見ました。実は私も新海さんのことを怖い人だと思っていたんです。一人で作っているというから、なんだか気難しい人なのかなって。こちらが何かバカなことを言ったら、フッと鼻で笑われちゃうんじゃないかって心配で(笑)。ところが実際の新海さんはすごく人当たりのやわらかい方で気さくな感じで話しかけてくれて、「えっ、この人が本当に新海監督?」みたいな感じでした。想像とは全然違いましたね。」

中嶋
「私は初めてお会いした時「あまり業界人っぽくないな。普通の人だな」と感じました。普段私が一緒に仕事をしているアニメ業界の人たちって、かなりクセがあるんですよ。中でも監督ともなると、強烈な個性の持ち主が多いんです。とにかく汚い人とか、すごいセンスの服を着てる人とか、めちゃくちゃよくしゃべる人とか、逆に全然しゃべらない人とか……。でも新海監督は見た目も特に変わったところはないですし、周りのスタッフにもすごく気を使ってくださって飲み会でもみんなに話しかけたりして偉ぶっていないし、いわゆる監督っぽくない人だなって思いましたね。」

アニメ作りがどれだけデジタルになっても、作画作業はアナログ。
人の手が一枚一枚動画を描く。それを一枚一枚チェックする。動画検査は「最後の砦」

■「動画検査」とはどのようなお仕事なのか教えてください。

玉腰
「アニメーションの作画は「原画」と「動画」に分かれています。原画と原画の間の動きを埋めるように描くのが動画という作業ですが、やはり人間が一枚一枚手で描いているものですから、全て正しく完璧に描けたものがあがってくる、というわけにはいきません。ですから、監督や作画監督の意図通りにきちんとキャラクターがなめらかに動いているか、そして仕上げ(彩色)スタッフや撮影スタッフが作業する上で不備がないか、それを検査していくという仕事です。「動画検査」を短縮して「動検」と呼ばれることも多いです。」

原画 1 動画 1 動画2 原画 2
キャラクターがなめらかに動くよう、原画と原画の間の動きを描く。
また、原画を動画として清書する「原画トレス」という作業も動画マンが行い、
仕上げ・撮影スタッフが使用するデータの元となる絵を描いていく。

中嶋
「原画は描く人の個性が表れていると思うんですが、動画もそれと同様にみんな違う絵を描いているんですよ。人によって、原画のニュアンスをどう拾うかは差があります。原画の絵を拡大解釈して誇張したり動きを大きく付けたりする動画さんもいますし、逆にすごくあっさりとした絵を描く人もいます。やる人によって全部違うんですが、あまりバラバラでは作品としてまずいので、それを統一するのもこの仕事です。」

真野
「動画は紙に鉛筆で手描きというアナログ作業ですが、仕上げはデジタル作業なので、動画の線が途切れているとソフトウェア上で色塗りの範囲指定ができず、途切れている部分から色がもれてしまってうまく塗ることができません。ですから、線がつながっているかどうかをチェックすることは基本です。それから、例えばカメラがパンする(固定したカメラの向きを左右に振る)というカットの時は、撮影スタッフがパンの動きを付けるために必要な分の動画が全部揃っているかどうかを確認します。」

玉腰
「大きくパンする時などはたまに動画が足りなくて「あっ、片方の肩だけ切れてる!」というようなこともあります。動画の人のミスだったらその人に戻して描き直してもらうこともありますが、原画自体が足りないという場合もあります。そういう時は原画さんに戻して描き足してもらったり、あるいはこちらで直すこともあります。」

中嶋
「もちろん演出や作画監督の段階でミスに気付いてもらえたらもっと早く対処できると思うのですが、やっぱり人がやっていることなので見落とし箇所はどうしても出てきます。ですから、私たちが検査をしてミスを見つけて戻すんですが、私たちでも気付かなくて仕上げや撮影の段階で気付くということもあります。実際に前後のカットをつないでみないと分からないような抜けもあるので。」

真野
「でも仕上げスタッフから「これ、塗れないんですけど……」と言われた時は「ああー、見逃しちゃった」ってちょっとショックですけどね(苦笑)。アニメーションの作品作りにはたくさんの工程がありますが、絵そのものに関しては仕上げや撮影の段階ではどうすることもできませんし、最終的にスクリーンに映し出されるのは動画の絵なので、絵の部分に関して言うと動画検査が「最後の砦」だと思っています。」

■今回、大変だったのはどういったことでしたか。

玉腰
「まず、新海監督や作画監督の西村さんが作業しているCWF(コミックス・ウェーブ・フィルム。『星を追う子ども』制作会社)のスタジオが麹町にあり、私たちが動検作業をしていたアンサー・スタジオが西荻窪にあって、地理的に離れていたということですね。疑問点が出たときに、すぐに監督や作画監督と話ができるという環境ではなかったので、どうしても問題解決に至るまでに時間がかかってしまいました。」

中嶋
「やっぱり絵そのものを見ていただかないと疑問点は説明できないので、「ちょっと電話で聞いて解決」というわけにはいきません。ですから、絵に「ここ、こういう問題があるんですが、どうしましょうか?」と書いた付箋を貼り付けて、それを制作さんにCWFのスタジオに持っていってもらいました。ただ、作画スタッフ同士が直接話せばすぐに理解しあえるようなことでも、メモのやりとりだとなかなか伝わらなかったりして……どうしても意思の疎通が難しかったですね。いっそ監督のところに直接聞きに行きたいぐらいでしたが、実際にそうすると他の仕事が滞っちゃうので(苦笑)。でも別の用事があってCWFに行くタイミングがあると、「よし、ついでにこの疑問を聞いてこよう!」と、絵を持参して監督に確認することもありました。」

真野
「たいていアニメーションの制作現場は、監督や作画陣を中心とするメインスタッフが一箇所に集まって作業することが多いので、動画検査もそこに入って仕事をするんです。でも今回は離れていたので、疑問点を出してから答えが返ってくるまでに時間がかかってしまうこともありました。そうすると、その間ずっとその疑問に関する動画部分の作業が止まってしまうんですね。例えば、アガルタでのアスナやモリサキの服の汚れやほつれについて、最初は詳しい設定がなかったんです。あるカットの原画は襟がほつれていたり裾が汚れていたりするけど、別のカットの原画はほつれも汚れもついていない、というような状態でした。これでは動画を描くスタッフも「どっちが正しいの?」と混乱してしまいます。ですから、設定表を作ってもらい、「このカットからこのカットまでは服のこことここが汚れていて、このシーンで一度洗濯するから、このカット以降は汚れがない状態になる」というふうに明確にしました。実写映画の世界ではスクリプターとか記録係と呼ばれる人が、カットとカットのつながりがおかしくならないようにきちっと管理していると思うのですが、アニメにおける動画検査にはそういうような役目もあります。一人の人が全ての絵を描いていれば大丈夫かもしれませんが、アニメは分業で作るものですから、やはり設定がしっかりしていないとバラバラになってしまうんです。」

玉腰
「作業が進むにつれ、こういった設定表も増えていき、しだいに疑問点も少なくなりました。」

アスナ・森崎の 服のほつれ・汚れ参考資料

一回り大きい作画用紙を使用して、線や絵の質量にこだわる。
アニメ業界の"当たり前"のやり方ではなく、自分の作りたい絵を追求するスタイル

■初めて今作品の絵コンテをごらんになられたとき、どのように感じられましたか。

中嶋
「私は『秒速5センチメートル』を見た時に「岩井俊二監督のような、雰囲気のある邦画的な世界観を作る監督なんだなー」と認識していたので、今回の絵コンテを読んだ時は「全然違う! まるで別人みたいだ。一体監督に何が起きたのか!?」とビックリしました。」

真野
「これまでの新海作品と比べて、商業アニメーション作品に近い印象を受けましたね。今まではどちらかというと自身のファンに向けて作っているというような感じがありましたが、今回の作品は広くいろんな人に見てもらいたいんだな、と。」

玉腰
「そうですね。特にこの作品は子どもにも見てもらいたいんだな、ということが絵コンテからも伝わってきました。今までの新海作品はどちらかというと大人向けでしたから、作品の対象年齢が下がったことはこれまでとの大きな違いかなと思います。」

真野
「ところどころにジブリっぽいテイストがあり、アクションシーンは東京ムービー(「ルパン三世」テレビシリーズなどの制作会社)っぽい雰囲気も感じました。そしてキャラクターは日アニ(日本アニメーション。世界名作劇場などの制作会社)的なデザイン。はたして今の日本国内に、この作品の原画や動画を描ける人はどれだけいるだろうかと、ちょっと不安な気持ちになりました。こういう絵柄の作品って、最近の若いアニメーターたちはほとんどやったことがないでしょうから。その後、伊藤さんからアンサー・スタジオさんが参加されるということをお聞きし、「ああ、それなら安心だ」と思いました。これだけきちんとした原画が描けるスタッフが集まっているスタジオはそんなにありませんから。」

玉腰
「『星を追う子ども』のキャラクターは、ぱっと見、単純なデザインに見えますが、単純だからこそ描くのが難しいんです。微妙な線の違いで、全く似ない顔になってしまう。例えばアスナは、髪の色や目の形などなにか明確な特徴があるわけではなく、"デザイン全体"でアスナを表現しているので、それこそ輪郭線がちょっと違うだけで「これはアスナじゃない」という絵になってしまうんです。特徴があるキャラなら、その特徴さえ押さえておけばある程度はごまかしがきいて、それらしく見えるんですけどね。それだけでなく、今回はキャラクターが走ったり歩いたり全身で動くシーンがかなりあって、しかも横からだったり俯瞰だったり、いろいろな方向から描くので、これも大変だなって。」

■オープニングシーンは、アスナがずっと走っていますよね。


様々なサイズ、角度で走る
オープニングのアスナ。
原画は作画監督の西村貴世さんが担当した。

玉腰
「アスナの元気でいきいきとしたところがすごく伝わる、いいシーンですよね。でも、走ることや歩くことは、動きの基本とはいえ、意外と難しいんです。アニメーションの学校では授業でちゃんと描き方を教わっているはずだと思うんですが、テレビアニメでは顔の表情だけとか胸から上だけで演技するカットが多いので、あまりこういった日常芝居を描く機会がないんです。現場で描く回数が減っていくと、やはりどうしても手が描き方を忘れてしまい、絵がくずれがちになります。ですから今回の作品は、ある程度作画経験があって、画力のある人でないと難しいなと思いました。」

真野
「新海監督の作品は、引きの絵が多いんですよね。もう少しアップショットなどを入れてくれれば、キャラクターがあまり動かずにすむので動画枚数を減らせるんですが、新海さんはカメラを引いて背景と一緒にキャラの動きを全部見せてそのシーンを表現しようとする方なんです。ある意味、"逃げない"監督と言えますね。でもその分、どうしても枚数はかかってしまう。制作スケジュールもそれほど余裕があるわけではありませんでしたから、「この絵柄で、この量で、新海作品のクオリティで……となると、かなり厳しいぞ」と。」

玉腰
「カメラを引いて、しかもキャラの表情は見える程度で、動きまで全部入れるレイアウトというのは、非常に絵がくずれやすいサイズなんですよ。顔の細部までは描き込めないくらい小さくても、そのキャラクターらしさは保たなければなりませんし、その上、その小さな表情で気持ちのニュアンスまで伝えなくてはなりません。」

中嶋
「人間の目というのは、基本的に顔の表情を追う傾向があるのだそうです。だから、どんなに引きの絵でキャラクターが小さくても、画面の中に顔があればそこに意識が向くんですね。なので、ちょっとでも顔がくずれていると「あ、なんかヘンな絵だ」と一発でばれてしまう。これは描くのが難しいなと思いました。そのため、今回は新海監督と西村さんの要望で、原画用紙・動画用紙がいつもよりも一回り大きいB4サイズになったんです。通常テレビアニメの作画用紙はA4サイズですから、単純に倍近く面積が広くなり、その分たくさん描き込めて密度の濃い絵になります。」

玉腰
「B4サイズの作画用紙を選んだというのは、新海監督の線へのこだわりゆえだと思います。やはり大きい紙に描くと、それだけ絵の質量にこだわることができるんです。小さいキャラクターを描くとき、その部分だけを別の用紙に大きく描いてもらって撮影時に縮小して合わせる"拡大作画"という方法もあるんですが、そうすると確かに細かい部分まで描けることは描けるんですが、線そのものまで縮小してしまうのでその部分だけ細く痩せた線のキャラになってしまうんです。」

中嶋
「その線の違いというのが観客にまで伝わるレベルの差なのかどうかは分かりませんが、私たちのように仕事として動画をチェックしていると「全然違うな」とはっきり分かりますね。やはり作り手として「ここにこだわらないで、一体ほかの何にこだわるのか!」という気持ちだったのではないでしょうか。」

■しかし大きい紙に引きの絵を細かく描くとなると、動画スタッフの作業量も増えて大変なのではないでしょうか。

玉腰
「そうなんです。今回フリーの動画スタッフで自宅作業の方などは、そんなに大きいサイズの机を持っていなかったり、あるいはテレビシリーズの用紙サイズに合わせた作画机やトレス台を使ってらっしゃったりするので、どうしても紙がはみだしちゃって描きづらかったみたいですね。」

中嶋
「新海さんは、ある意味、実写的な感覚で作ってらっしゃる監督なのかもしれませんね。アニメだとどうしても「こういう表現にすると、これだけの量を描かないといけないから、後々の作業が大変になる」という計算が働くので、普通の監督であれば自然と、枚数を減らすために色々な手法を取り入れたり、絵がくずれにくい構図にしたりすることが多いんですけど、新海監督は意識的になのか無意識的になのかは分かりませんが、そういうアニメ業界の常識みたいなことはあまり気にせず「自分の作りたいアニメを作る」という考えを貫いている監督だなと思います。新海さんはもともとアニメ業界の出身ではないそうですが、だからこそできることなのかも知れないですね。」

こだわりつつも、こだわり過ぎない!? 動画検査に向いている人、向いていない人

■作画用紙の大きさの他に、今回いつもと違ったやり方というようなものはありましたか。

中嶋
「例えば画面の手前にAくんがいて、その奥にBさんがいる時、普通はそれぞれ別の動画用紙に描いて動かすんですが、今回は制作的な枚数制限のため、「撮影時にレイヤー分けをするので、動画は分けずに1枚の中に描いてください」と言われました。ただ、これは新海監督ならではというわけではなく、最近のテレビアニメでも時々この方式が使われていますね。劇場版だとちょっと珍しいやり方かも知れませんが。今回の動画枚数は約6万枚ですが、おそらく通常の動画のやり方で描いていたら10万枚以上になっていただろうと思います。このやり方だと枚数は抑えられるのですが、動画検査の立場から言うと、Aくんの動きを変えたい場合、別々の紙になっていればAくんの方だけを描き直せばいいところが、今回のやり方だとAくんだけじゃなくBさんまで描き直さなければならず少し手間がかかりました。動画用紙は上質で厚みのある紙なので、一度引いた鉛筆の線を消しゴムで消した時、黒い色はなくなっても線の凹みは残っていて溝ができているんです。その上にもう一度描くと、その溝にひっぱられて線がゆがんでしまうので、本当なら描き直す範囲は狭いほどよいのですが……。」

玉腰
「しかも、動画は青や赤の色鉛筆を使うんですが、色鉛筆って普通の鉛筆よりもさらに消えにくいんですよ。」

真野
「何度も描いては消してを繰り返していると、紙自体が汚れてしまい線がきれいにのらなくなるため、動画用紙をスキャンした後に汚れを取ったり線を補正する手間がどんどん増えてしまって、仕上げスタッフから怒られてしまいます(苦笑)。そうなるとやはり、「全部きれいに描き直さなくては」というようなこともありました。」

中嶋
「絵コンテ、レイアウト、原画と工程を経てきて、最終的に画面に出るのは動画の線なんです。特に劇場用の作品はスクリーンが大きい分、想像以上にダイレクトに動画の線が映し出されるので、線の美しさにはこだわりたいところです。」

■線の一本一本まで、本当に細かいところにもこだわってらっしゃるのですね。

中嶋
「でも、反対のことを言うようですが、動画検査という仕事はあまりこだわり過ぎてもいけないんですよ。見る量がハンパじゃないので、全部にこだわっていると仕事にならないんです。神経質な人はちょっと向いていない職業だと思います。」

玉腰
「実際に動画を描く人は、やっぱり細かいことにこだわるタイプじゃないとだめなんです。雑な人だと線も紙も汚い動画になってしまうので。一方、動画検査は、みんな動画経験者ですし、動画の仕事と兼ねてやっている人も多いですが、それぞれの仕事で要求される能力は少し違うなと思います。あがってきた動画が完璧でなくても「これぐらいなら、動けばごまかせるな」とか「これはこの部分だけ直せばいける」というふうに見極める力が必要なので、ある程度は妥協できる性格じゃないと厳しいでしょうね。」

真野
「そこらへんのサジ加減が難しいところです。今回は私たち3人と元永さんの計4人で一つの部屋に集まって動検作業を行ったんですが、4人いるとお互いに相談できるのがよかったですね。自分が「ここ、大丈夫かなあ」と悩んだところは他の3人に見てもらって、「いいんじゃない、このまま通しましょう」とか「このキャラだけ直しましょう」とアドバイスをもらうことができ、気持ち的にすごく楽でした。4人ともそれぞれこだわるポイントが違うんですよ。例えば色のことや仕上げのことで疑問点があったら玉腰さんが詳しいから玉腰さんに聞こう、とか。」

玉腰
「今回は仕上げもアンサー・スタジオの中でやっていたので、使っているソフトに一番慣れているのは私でしたから、そういうことに関しては分かる範囲ならすぐに答えられますし、分からないことはすぐに色指定の野本さん(インタビュー♯09)のところに走って聞きに行きました(笑)。」

中嶋
「動画と動画検査とでは仕事の性質が違うんですが、動画と原画という仕事も、一見似ているように見えて実際には全く別モノなんですね。要求されるスキルも、性格やタイプの向き不向きも、それぞれ異なります。でも最近は「動画は原画になる前の修行期間」というふうに思われていて、アニメスタジオでは数年動画を描いたら原画に上がる、というステップが定着しています。動画は単価が安いので、スタジオとしても本人としても早く原画になったほうがいい、という事情もあります。昔は動画一本で何十年もずっと続けていくという方がいたのですが、今は20代30代で動画だけをやっているという人はとても少ないです。特に私が業界に入った頃はアニメバブルと呼ばれるぐらいテレビアニメの本数が爆発的に増えた時期で、みんな動画をほとんど経験しないうちに原画に上がってしまい、若い動画マンがほとんどいなくなったんです。今やテレビアニメの動画は9割以上が韓国・中国など海外のスタジオですね。日本国内よりも海外のほうが、動画を10年以上やってらっしゃるベテランさんが多いんですよ。今回『星を追う子ども』の動画も、一部を韓国のスタジオにお願いしました。そのスタジオは上手い動画さんがたくさんいて、非常に素晴らしいところです。また、普通は海外のスタジオでは作画リテイクを受け付けてくれないところも多いのですが、今回はリテイクを受け付けてもらえるという条件でお仕事をお願いしたので、私たちがチェックした動画を再び韓国に送って描き直してもらうことができ、よりクオリティの高いものに仕上げることができました。また、絵に「ここはこう描いてほしい」というメモを付けているんですが、それも全部韓国語に翻訳してもらったので、きちんと演出意図や作画指示を動画マンに伝えることができたのもよかったですね。普段はスケジュールや予算の関係でなかなかここまできちんとコミュニケーションをとることが難しく、結局それが動画の質を左右してしまうんです。」

クジラ型ケツァルトル(パキケトゥス)の動画作業メモ。
韓国のスタジオへの作画指示を赤字で翻訳してある。

真野
「『星を追う子ども』は韓国でも100館規模で上映されると聞きました。それだけたくさんの方に支持されていると思うと、すごく嬉しいですね。韓国のスタジオの皆さんが頑張ってくださったおかげです。」

中嶋
「聞いたところによると、そのスタジオのスタッフの中にも新海作品のファンが結構いたらしいですよ。」

玉腰
「やっぱり海外スタッフにとっても、自分の住んでいる国の映画館で見ることができるというのは嬉しいことだろうなって思います。韓国の皆さんにもぜひ楽しんで見ていただきたいですね。」

モリサキのタバコはどこから出てくる? 動画検査部屋で繰り広げられる『星追い』妄想秘話

■皆さん、作業中は静かにもくもくと動画用紙を見てらっしゃるのでしょうか。

中嶋
「基本的には個人作業なので集中して作業していますが、同じ場所に女が4人も集まれば、そりゃあ盛り上がるときは盛り上がりますよ(笑)。自分がチェックしているカットの中に面白い絵があると、つい他の方にも「ねぇねぇ、見て見てー!」って見せたくなっちゃうんです。例えば、モリサキの部屋をアスナが訪ねるシーンで、モリサキが「死者の復活さえも……」と言ってニヤリとするところ。上がってきた動画を見たら、原画の持つニュアンスが大きく誇張されていてちょっと気持ち悪い表情になっていて、「ねぇねぇ、ちょっと見てみてくださいよ! ものすごくあやしい人ですよ!」と盛り上がったり(笑)」。

真野
「「この人、たしか先生だったはずだよねー」とか「こんなあやしい人のところにアスナ一人で行っちゃダメ!」とか(笑)。」

中嶋
「原画を見たらそこまであやしい顔じゃなかったので、最終的には元永さんが原画のニュアンスに近づけて修正してらっしゃいましたけどね。そういう判断をするのも動画検査の役割です。でも、動画をたくさん見ていると、ちょこちょこそういう疑問っていうか、想像、妄想がふくらむ箇所があるんですよ。「モリサキ、いつもタバコ吸ってるなあー。あのバッグにどれだけタバコ詰めてアガルタに来たんだ?」とか、そういうことが気になって気になって(笑)。」

玉腰
「「食料、アスナにばかり探させてるし! あれだけ大きいバッグがあるのなら、もっとモリサキが食料持ってくればいいのに!」とかね(笑)。そういう"気になるカット"は、ついつい皆で思いを共有したくなっちゃうんですよ。もちろん、映画全体に関わるような話ではないので、新海さんに疑問を出すまでもなくて動画検査部屋の中で盛り上がってるだけなんですが。」

■それぞれチェックするカットというのは担当が決まっているのでしょうか。

中嶋
「いいえ、動画検査待ちのカット袋がドドンと積まれているので、基本的にはそれを上から順番に取っていって作業します。ですから、どのカットを担当するかはランダムですね。カット袋を開けて、中身を見て、手間がかかりそうなカットだと「あちゃー、こりゃ大変だー」って感じです(苦笑)。でも真野さんは、わざわざ大変そうなカットを選んで持っていっているんですよ。さすが動検チーフ!」

玉腰
「真野さんは自分からすすんで手間のかかるカットをやってらっしゃるんですよね。いつもいつも大変なカットを担当してらっしゃるから「おっ、そろそろ真野さんが次のカットを取りそうだな。じゃあ次は楽してもらおう」って思って、楽そうなカットをこっそり一番上に置いておくんですけど、なぜかそれを避けて、また難しいカットを下の方から選んで取っていくんです。「なんでー? ちょっとは楽をしてくださいよー」って思うんですけど……。」

真野
「いや、自分としてはそんなに大変なのを引いているつもりじゃないんですよ。私から見れば、他の3人のほうがよっぽど大変なカットをやっているように見えます。まあ結局、今回の作品では、そんなに楽なカットというものはなくて、どれもこれもみんな大変なカットでしたっていうことですね(笑)。」

絵を描くのが大嫌いな子、何になりたいか分からない子、
アニメの作り方が気になって仕方ない子……
アニメーションの世界に入ったきっかけは三人三様

■皆さんがアニメーション業界に入られたきっかけについて教えていただけますか。まず中嶋さんからお聞かせください。

中嶋
「うちは両親がアニメ好きだったので、子どもの頃からずっとアニメを見ていたんです。特に父は幼い私に「宇宙戦艦ヤマト」のビデオを見せたりして、オタクエリートのような感じで育てられました(笑)。でも、自分で絵を描くことは大嫌いでした。頭の中にはすごくかっこいいイメージがあるような気がするのに、実際に自分の手で描いてみたらそのイメージが全然再現できなくて、イライラしたんです。頭と手がつながっていないような感覚ですね。幼稚園でお絵かきの時間があると「おなか痛い」と言って休もうとするぐらい嫌いでしたし、夏休みの絵画の宿題とかは全部母に描いてもらいました(笑)。でも中学の時に友達に誘われて美術部に入ってしまい、「入ったからには何か絵を描かなくちゃ」と思ったんですが、ちょうどその部にはオタクがたくさん集まっていたので、『紅の豚』とか「幽☆遊☆白書」とか好きなアニメの絵を描いたりしていました。オタクの友達も増えて、同人誌を作ったりしているうちに徐々に「将来はアニメ業界に入りたいな」と思い始めたんですが、相変わらず絵を描くことは嫌いだったのでアニメーターという道は全く考えず、「絵を描く以外でアニメ業界に入るとなると……声優だ!」と思いついたものの親からは一笑に付され、自分でも声優への情熱はすぐに冷めました(笑)。それから「アニメージュ」などアニメ雑誌に載っている制作現場レポート記事などを隅々まで読んだりしてアニメ制作の仕事について調べているうちに、どうやらアニメには"演出"という仕事があるらしい、ということを知って、その仕事を目指すことにしたんです。それで短大の美術科を卒業後、親を説得し、東京のアニメ制作会社に入りました。」

■演出として入社されたのですか?

中嶋
「いや、いきなり演出にはなれないんですよ。演出になるためにはだいたい2つの道があって、1つは制作スタッフから目指す方法と、もう1つは作画スタッフから目指す方法があるんです。短大で勉強したのでさすがに絵はそこそこ描けるようになっていたんですが、作画スタッフとして入社すると出来高制なので初めのうちは月給6万とかなんですよ。さすがにその給料では親が業界に入ることを許してくれなかったので、固定給をもらえる制作スタッフとして入社しました。その後、結婚が決まったのですが、制作の仕事は勤務時間も休みも不定期なので、家庭と両立するのがかなり難しく、「今後のことを考えると、作画から演出を目指したほうがよいかも……」と思い直し、別のスタジオに移って作画スタッフとして働き始めました。そこで作画の技術を教えてくださったのが元永さんです。元永さんはジブリ作品も描いてらっしゃるベテランアニメーターですが、そのスタジオの社長に「元永さんのレベルにならないと原画に上がらせないよ」と言われて、「ひぇー、そんなの無理無理!」と思いながら必死で動画を描いているうちに、気付いたら動画の期間がずいぶん長くなって、そのうち動画検査補佐になり、動画検査になり、今に至るという感じです。」

■動画検査になられてから何年ぐらいですか。

中嶋
「2005年から動画検査補佐をやっているので、6年くらいですね。今年32歳になるのですが、まだまだ、ぺーぺーの下っ端です。だいたいどの劇場作品の動検現場に行っても、私が一番年下になりますね。アニメバブルの影響を食らった私ぐらいの世代はみんなすぐに原画に上がったので、動画の層が薄くて、動画検査の人は本当に少ないんですよ。」

■それでは次に、玉腰さんがアニメーションの道を志したきっかけを教えてください。

玉腰
「もともとアニメを見るのは好きだったんですが、仕事としてやりたいという気は全くありませんでした。というか、そもそも自分が何をやりたいのかもよく分からなかったんですよね。主体性がない子だったんです(笑)。そんなこんなで、高校まで当たり障りなく進んで、高3になって就職しようか進学しようかと考えた時に、同じようにアニメ好きな友達から「専門学校に一緒に行こうよ」と誘われて、その子と一緒に東京デザイナー学院のアニメーション科に進み、2年間勉強しました。学校では箕輪さん(『星を追う子ども』原画。インタビュー♯19)と同級生でした。卒業間近になって就職のことを考える時に「せっかく勉強したんだし、アニメの会社がいいかな」って流されるままに就活をしていたら、箕輪さんは真面目なのでいろんな会社を調べていて、「玉腰さんの家の近所に、すごくかわいい声の事務の子がいるスタジオがあるよ」って教えてくれたんです。それでそこに電話をしてみたら、電話をとってくれた事務の女の子が本当にかわいい声なんですよ! それでその会社の入社試験を受けてみることにしたら、無事に受かって、そのスタジオに就職しました。スタジオ古留美というところで、後に西村さんも入社してこられたスタジオです。」

■入社の理由が面白いですね(笑)。そのスタジオがどんな作品を作っているかは調べたりせず……。

玉腰
「ええ、全く知らないまま入社しました(笑)。入ってみたら、「ガンバの冒険」などの作画監督の椛島(義夫)さんがいて、「わっ、ガンバの人がいる!」って気付いたんです。「ガンバの冒険」は大好きな作品でしたから、うれしかったですね。そのスタジオに動画として何年かいて、その後、他のスタジオに移ったりして、動画の仕事と平行して少しずつ動画検査の仕事も始め、その後も色々な作品に参加させていただき、現在はアンサー・スタジオに所属しています。」

■続いて、真野さんは、どのようにしてアニメーション業界に入られたのでしょうか。

真野
「私もアニメを見るのが好きで、ノートの端っこにパラパラ漫画を描いたりしていました。いたずら描き程度ですけど、そういうふうに絵を動かしてみるのはもともと好きだったんですね。でもまさか自分が"絵を動かす仕事"に就くとは思っていませんでした。けれど、中学高校の頃、テレビアニメを見ていて色々と疑問に思うんですね。「これはどうやってできているんだろう?」って。背景は静止していて、キャラクターは動き回って、テーブルの上にあるものを取ったり置いたりする。一体どうやってこのアニメはできているのか、その仕組みがいくら考えても分からないんですよ。なにせ私の頃はまだ「アニメージュ」とかそういう情報源が全くない時代でしたから(笑)。一応普通に大学に行くために勉強していたんですけど、たまたまアニメーションの専門学校というものがあると知ってどうしてもそこに行きたくなり、その学校に進学しました。玉腰さんと同じく東京デザイナー学院です。2年制なんですけど、1年生の時に普通のアルバイト雑誌でアニメーション会社の仕事を見つけ、そこで働きながら学校に通っていました。」

■学生なのに、もうお仕事していたんですか!

真野
「アルバイトでしたけどね。そこは私が好きだったアニメ「科学忍者隊ガッチャマン」のタツノコプロの制作さんが作ったグリーン・ボックスというスタジオで、「ガッチャマン」の原画さんたちがいたんです。「テレビで見ていた番組を作っていた人たちが目の前にいるー!!」と感激しましたね。卒業後もそのままその会社に通うようになったんですが、自分が慕っていた作画監督さんがそのスタジオをやめることになり、私もその人にくっついてやめて、その作画監督さんの次の作品がサンライズだったので、私もサンライズでお仕事をいただくようになりました。ずっと動画を描いていたんですが、だんだん動画検査補佐の仕事もするようになり、サンライズの制作の方から「社内でやりませんか」と誘っていただいて、テレビシリーズの「太陽の牙ダグラム」で動画検査をやりました。この仕事が1年半続いて、ずっと毎日毎日メカばかり見ていたのでさすがに「もうメカものは充分だー!」という気持ちになりました(笑)。それで、原画の仕事をやったりもしたんですが、「どうも性格的に原画は合わないなぁ。やっぱり動画やりたい!」と思い、「めぞん一刻」の頃動画に戻りました。続いて『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』(押井守監督、1984年)の動画をやった後に、スタジオジブリで『となりのトトロ』を作っているという話を耳にして、「面白そうな作品!私も描きたいな」と思って連絡をとったんですが、ちょうど制作が終わるタイミングだったんです。でも、『となりのトトロ』の動画検査さんが私のことを知っていてくださり、次の『魔女の宅急便』からジブリ作品に参加させていただけることになりました。それからずっとジブリとのお付き合いが続いています。」

■ディズニー・ジャパンの作品に参加されたのはどういう経緯だったのですか?

真野
「実はジブリで仕事している時に「ディズニーのスタジオが日本にもある」ということを教えてもらったんですよ。それまでは全然知りませんでした(笑)。そのディズニー・ジャパンで『ティガームービー プーさんの贈り物』を作るらしいという話を聞いて、「わっ、プーさんもティガーも好きだからやりたい!」と思い、ディズニー・ジャパンに連絡をとって、仕事をさせてもらいました。それ以来、ジブリ作品が終わったらディズニー、ディズニー作品が終わったらジブリ……というふうに交互に作品に関わるというサイクルが生まれ、そうこうしているうちに10年ぐらい経ちまして。その間、私はほとんどテレビシリーズをやっていなかったんですが、テレビアニメ業界はその隙にあっという間にセルからデジタルへと制作環境が移行してしまったんですよね。ジブリやディズニーではそれぞれ独自のやり方で作っていたので、私はいまだにテレビアニメのデジタル制作の手順がよく分からないんですよ。「カブセ」とかもやったことなくて……。」

■「カブセ」とは?

玉腰
「例えば撮影作業まで進んでいる作画の目だけとか口だけとか一部分だけを直したい時、その部分だけを別の紙に描いて、上から乗せてかぶせるやり方のことを「カブセ」と言います。」

「カブセ」参考。アスナの口元だけ別紙に描き、撮影で合成する。

真野
「3年前から旭プロダクションで動画の新人の子たちを育てているんですけど、今の子たちは学校でもデジタルのやり方しか教わらなくてセルの用語を知らないので、お互い情報交換をしているような感じですね。私も若い人たちからデジタルについて教えてもらっていますよ。例えばテレビアニメでも、原画を描いているのは昔からずっとやってらっしゃるベテランの方がまだまだ多いので、セルのような感覚で描いてるんですね。だから横顔のセリフとか、セル合成のつもりで、頭から全部描く絵になっていることがあるんです。だけど今の若い子ならパッと見ただけで「これは"カブセ"でやれば、口の部分だけ描けばいいから、簡単にやれるんじゃないですか?」ってすぐ分かっちゃう。そういう合理的な部分はぜひ取り入れたいですね。その代わり、デジタルで育ってきた若い子に、AセルBセルCセル……とセルを重ねていくという感覚を身に付けさせるのがなかなか大変です。でも、デジタル時代になってもセル組みの技法は残っているので、基本として頭に入れておいてもらわないと後々困るだろうと思うので。」

玉腰
「意外と、重ねて出来上がる絵の想像がつかないっていう子が多いよね。」

真野
「でも、デジタルで作るようになると、いくらでもセルを重ねることができるようになって……それこそ「セル」じゃなくて「レイヤー」っていう呼び名になりますけど、もう無限に重ねられるから、デジタルの技術の進歩というのはすごいなあーって素直に思いますよ。」

中嶋
「昔はそんなにたくさんセルは重ねられなかったんですよ。セルの枚数が多いと、セルの厚みによって下のセルの色が変化したり影ができたりするので、重ねる枚数にも限界があったんですけど、今はコンピュータに取り込むのでセルの厚みとか透明度とか関係ないですからね。」

玉腰
「だから、もしもAセルBセルどころじゃなくて何百セルとかになっちゃったら……私たちにも想像できないですね(笑)。」

ミミの動き、食事シーン、水の流れの中のアスナとシン、一番ラストのアスナに注目!
作品世界に流れるさわやかな空気を劇場で堪能してほしい

■それでは最後に、動画検査の皆さんから見た、『星を追う子ども』注目ポイントを教えてください。

玉腰
「個人的にはミミが大好きなので、ミミが出てくるカットに強い思い入れがあります。動検作業をしている合間にも、ちょっとだけでもミミの動画を描きたいと思って、かわいい動きのカットを動画さんにまわさずにこっそり自分の近くに置いておいたんですが、制作さんから「あれ? これ動画さんにまわせますよね? 渡しましょうよ!」って持って行かれちゃって……。自分でぶらさげておいたニンジンをさらわれる気分です(笑)。特に箕輪さんの描くミミがすっごくかわいくて、アスナの横で洗濯物にいたずらしているところとか、料理しているアスナの足元でちょろちょろしている時の動きとか、たまらなくかわいいので、ぜひそこに注目していただきたいですね。」

真野
「私は、アスナが自宅で和食を食べるところですね。山の高台でサンドイッチを食べる時は元気よくむしゃむしゃ食べているんだけど、家の食卓で自分で作った和食を食べるところは、最初ちょこっとだけ口に入れて「幸せー」っていう表情をするでしょう。そしてそのあとリズミカルにもぐもぐと食べていく。この動きがとてもかわいらしくて、印象に残っています。ここも箕輪さんが原画を描いたところですね。やっぱり箕輪さんはすごく上手い原画さんなんですよね。このかわいらしさを生かしたかったので、動画を担当する方に「原画のニュアンスを生かして、かわいく描いてくださいね!」とお願いしたほどです。アスナはアガルタに行ってからも、見つけてきた芋をふかしてハフハフ食べたり、アモロートの老人の家で食事しておいしくて泣いたりしていましたね。やはりあれだけ食べるシーンが多いというのは、なにか根源的な生命力のようなものを新海監督は表現したいのだろうなと感じました。」

中嶋
「私がぜひとも見てほしいと思うのは、フィニス・テラでアスナとシンがケツァルトルのお腹に入り、底へと落下する中でケツァルトルが溶けて水の流れの中に二人がいるというシーンです。この動画は大ベテランの方にお願いしました。非常に素晴らしい動画が上がってきて、動画検査一同、とても感動しました。このシーンはぜひとも注目していただきたいですね。それと、エンディングの一番最後でアスナが「行ってきます!」と言うシーンも、動画検査チームの希望で、同じ方にお願いしました。実は、他の仕事もあるから難しいと断られたんですが「どうしても!このカットだけ!」と無理矢理頼み込んで描いていただいたんです。本当に素晴らしい動画をいただけて、映画の最後がびしっと締まったなと思います。」

真野
「私たちが検査をした動画に色がつき、美術が重なり、撮影が入り、最終的に出来上がった映画を見て、「すごい、ちゃんと新海ワールドになってる!」と感じました。澄んでいる空気が見ているこちら側にまで伝わってくる、そんな作品です。」

玉腰
「「ああー、やっぱり新海さんの作品だ」って思いますね。一見、これまでの作品とは違うように見えて、中身には新海監督の映画ならではの特長がたくさん詰まっています。さわやかな空気、あの美しい空、星、雲、そして山や草花、山羊などの動物、そして……風の表現! そういった自然物に対する新海さん独特のこだわりの表現を、ぜひたくさんの方に大きなスクリーンで見て感じてもらいたいですね。」


【インタビュー日 2011年6月27日
聞き手・構成:『星を追う子ども』宣伝スタッフ 三坂知絵子】

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