目 次

新海 誠(監督)インタビューコメント3
新海 誠(監督)インタビューコメント2
新海 誠(監督)インタビューコメント1
#26 キノコ・タケノコ(コミックス・ウェーブ・フィルム 制作進行)
#25 木田 昌美(キャスティング ネルケプランニング)
#24 三木 陽子(色彩設計補佐・撮影)・市川 愛理(撮影)
#23 松田 沙也(脚本協力)
#22 李 周美(撮影チーフ)
#21 真野 鈴子・玉腰 悦子・中嶋 智子(動画検査・動画)
#20 木曽 由香里・鮫島 康輔・釼持 耕平(アンサー・スタジオ 制作)
#19 箕輪 ひろこ・田澤 潮(原画・作画監督補佐)
#18 三ツ矢 雄二(アフレコ演出)
#17 渡邉 丞・滝口 比呂志・泉谷 かおり(美術)
#16 池添 巳春・本田 小百合・青木 あゆみ(美術)
#15 中田 博文・岸野 美智・岩崎 たいすけ(原画)
#14 竹内 良貴(CGチーフ)
#13 肥田 文(編集)
#12 多田彰文(編曲・アレンジ)
#11 熊木杏里(主題歌)
#10 粟津順・河合完治(撮影、CG)
#09 野本有香(色指定・検査)
#08 廣澤晃・馬島亮子(美術)
#07 土屋堅一(作画監督)
#06 天門(音楽)
#05 丹治 匠(美術監督)
#04 西村貴世(作画監督・キャラクターデザイン)
#03 井上和彦(声の出演)
#02 入野自由(声の出演)
#01 金元寿子(声の出演)

池添 巳春(いけぞえ みはる)・本田 小百合(ほんだ さゆり)・青木 あゆみ(あおき あゆみ)『星を追う子ども』美術 #16

【池添 巳春 プロフィール
1980年福岡県生まれ。
東京造形大学美術学科卒業。専攻は絵画。
コミックス・ウェーブ・フィルムにて、背景美術スタッフとしてゲームなどの制作に関わる。アニメーション作品への参加は『星を追う子ども』が初となる。


【本田 小百合 プロフィール
1989年東京都生まれ。
専門学校でアニメーションの背景美術を専攻。
卒業後コミックス・ウェーブ・フィルムに入社し、ゲーム背景などを手掛ける。
アニメーション作品への参加は『星を追う子ども』が初となる。


【青木 あゆみ プロフィール
1982年東京生まれ。
東京芸術大学大学院美術研究科修了。
『星を追う子ども』でアニメーション作品へ初参加。

3人ともアニメーションの美術の仕事は初めて! パソコンの電源の入れ方すら分からない…!?

■新海監督の作品に参加されたのは今回が初めてですか。

本田
「はい。私は2009年の春にCWF(コミックス・ウェーブ・フィルム。『星を追う子ども』制作会社)に美術スタッフとして入社したので、新海作品が初めてというよりもアニメーション作品に仕事として関わること自体が初めてでした。」

池添
「私も同じく、ゲームの背景は描いたことがありましたが、アニメの仕事は初めてです。」

青木
「私は前作『秒速5センチメートル』で数枚だけ背景美術を描いたことがあったのですが、ほとんど"お試し"のような感じでしたので、ここまで本格的に作品に関わるのはやはり今回が初めてですね。」

背景美術作業が行われていたスタジオは通称2スタ。
マンションの1室に背景スタッフが集まり、作業が進められた。

■皆さんアニメーション映画の美術の仕事がほぼ初めてということですが、どのようなきっかけで今回参加されたのでしょうか。

本田
「専門学校のアニメーション科に通っていた頃、友人が新海監督のファンで、その友人に勧められて見た『秒速5センチメートル』でものすごく衝撃を受けたんです。それまでは、非現実的な設定や特殊能力を持ったキャラクターたちが活躍するような、いわゆる"アニメらしいアニメ"は好んでたくさん見ていましたが、『秒速』のように日常だけを描いたアニメというものはあまりない経験でした。まず圧倒的な背景の美しさに目を奪われましたし、こんなにリアルに現実世界を描いていながらアニメーション作品としてきちんと成立していて、しかも幅広い層に人気があるというのは本当にすごいことだなと思いました。「私もこういう背景を描いてみたい」と思ったこともあって、学内でのコース分けの時に背景専攻に進みました。偶然にも「来年から新海監督の作品で美術を描いている方が講師として教えに来てくれるらしいよ」という情報を耳にしてテンションが上がりましたね。それが廣澤晃さん(『星を追う子ども』美術。インタビュー♯08)でした。その縁もあって廣澤さんからCWFを紹介してもらい、インターン研修生として3カ月間ゲームの背景美術のお仕事をしました。研修後そのまま入社し、『星を追う子ども』に参加することができました。」

池添
「私は新海監督の作品を見るよりも先に、新海さんご本人と飲み会でお会いしたんですよ(笑)。もともと『秒速』で美術をやっていた石井弓さんが私の美大時代の同級生で、石井さんから「新海監督のアニメーションの美術の仕事をやったよ」ということを聞いて「絵の仕事ができてうらやましいな」と思っていたんです。私は美大を卒業してから、絵を描く仕事をやりたいなあと思いながらもなかなか良い仕事が見つからなくて。バイトをしながら作品制作をしようと働いていたものの体を壊してしまい、ヨガばかりやっていた時期でした。そんな中、石井さんと一緒にロンドン旅行に行ったんです。ちょうどその頃新海監督もロンドンに住んでらっしゃって、石井さんが新海監督と連絡を取ったらたまたま川口さん(『星を追う子ども』プロジェクト・マネージャー)もお仕事でいらしていて、「じゃあみんなで飲もうよ」ということになり、ロンドンのチャイナタウンでの飲み会にお邪魔しました。有名な監督さんだと聞いていたので、「気難しい感じの人だったらどうしよう……」と思っていたのですが、実際にお会いしたらふんわりした雰囲気の優しそうな方だったのでホッとしました(笑)。その飲み会で「私、絵の仕事をしたいんです」と話したら川口さんが「じゃあCWFでやってみませんか?」と言ってくださり、東京に戻ってきてから背景美術の仕事を始め、今回の作品にも参加させていただきました。」

青木
「私は大学に通っていた時に廣澤さんに誘っていただいたのがきっかけです。「大学生になったら映像を作ってみたいな」と思っていたので、大学では映像部というサークルに入っていたのですが、部員の人たちが映像のプロフェッショナルみたいな人ばかりで、私は自分からはほとんど何もできずにいたんです。大学3年の時、私が幹事をしていた「古美術研究」という京都・奈良に行って学ぶゼミがあり、その時に引率として来てくださった教授の助手が廣澤さんでした。「古美術研究」の旅が終わって、打ち上げの席で廣澤さんから突然「アニメーション映画の背景美術をやってみない?」とお誘いを受けました。おそらく廣澤さんは私の絵を一枚も見たことがなかったんじゃないかと思いますが(笑)、誘っていただけたことは素直に嬉しかったですね。映像部では何もできなかった私だけど、やっぱり映像作品を作ってみたいという思いはずっと変わらずに抱いていたので、「背景美術なら私にもできるんじゃないか」って思えたんですね。それで、「試しに描いてみて」と言われたのが『秒速』の美術で、たった1枚を描くのに1カ月以上もかかってしまって……大変でした(笑)。それ以来、いくつかお仕事をやらせていただき、今回再び新海さんの作品に参加させていただくことができました。」

■デジタルで美術を描くというやり方に対して、戸惑いはありませんでしたか。

池添
「もちろん、戸惑いましたよ! でも非常に丁寧に教えていただけたので、ありがたかったです。こんなふうに仕事しながら教えていただける環境というのはなかなかないと思います。」

青木
「私、パソコンは全く詳しくなくて、そもそも電源の入れ方すら分かりませんでした(笑)。電源の入れ方も、ソフトの使い方も、大学で廣澤さんに手取り足取り教えてもらったのですが、何かボタンを押したらヒュッと画面上のウインドウが全部消えちゃって、あわてて教官室に行って廣澤さんを呼び出して「これ、どうしたらいいですかー!?」ってお聞きしたり……。」

池添
「私は電源の入れ方は知っていたので"青木さんよりは大丈夫"というぐらいのレベルでしたが(笑)、ペンタブレットを使って絵を描くというのは初めてのことだったので、最初のうちは「これでどうやって描けばいいの!?」という感じでなかなか慣れませんでしたね。」

■本田さんは学校でアニメの背景美術を勉強してらっしゃったということで、学生時代からデジタルツールは使いこなしてらっしゃったのではないでしょうか。

本田
「そうですね。主にペンタブレットで描いていました。むしろ、アナログで絵を描いたのはデッサンの授業ぐらいですね。そもそも私は"ゆとり世代"なので(笑)、小学生の頃からパソコンの授業もありましたし。」

池添
「おお……。」

青木
「世代が違いますね……。」

新海監督は恋バナがお好き? スタッフ同士のコミュニケーションはやっぱり大事

■今回『星を追う子ども』で担当されたカットを教えてください。

本田
「主に鉄橋まわりやリサの部屋の中など、地上でのカットを担当しました。」

池添
「私はほとんど屋内のカットがなくて、モリサキの家の玄関、学校の玄関など、なぜか玄関まわりが多かったです(笑)。アガルタでは、"夷族の巣"とそこからアスナたちが逃げる一連のシーンを担当しました。また、撮影の段階で新海監督から出てきた修正箇所を馬島さん(『星を追う子ども』美術。インタビュー♯08)と二人で直すという作業もやりました。」

青木
「私の場合、特に「このシーンを担当しました」というのはなくバラバラなんですが、あえていえば、暗くてゴツゴツしているシーンが多かったですね(笑)。森の中で岩がむきだしになっているようなカットです。アガルタでは、アスナとマナがお風呂に入っているところなどを描きました。」

左から本田さん・池添さん・青木さんが担当したカット

■特にこれは大変だと感じるようなことはありましたか。

池添
「すべてが初めての経験だったので、何かと比較することができないのですが、とにかく自由にやらせてもらったという感じです。今回、コンセプトボードや美術設定、ロケハン写真など基礎的な資料はありましたが、美術ボードはなく、初めの1カ月くらいは色々描いてみながら考える期間がありました。なので、けっこうそれぞれの美術スタッフに任せられているところも多かったです。担当カットを渡される時、ある程度説明を受けた後「そういう感じでゾエちゃんなりにやってみて、分かんなくなったらまた呼んで!」と丹治さん(『星を追う子ども』美術監督。インタビュー♯05)から言われ、すぐに絵をみてもらえる安心感はありましたが、正直、最初の頃は戸惑いましたね。それで、自分で参考画像を収集したり、小物を自分なりにデザインしたりしました。」

青木
「アガルタのお風呂も「青木さんの好きなように描いて」と言われて、どうしよう……といろいろ考えました。でもあまり資料に頼りすぎるとどこかで見たようなものになると思ったので、何かを見ながら描くというよりも、色合いがきれいになるように、「自分が入りたいお風呂はどんなお風呂かな」っていうことを考えながら描きました。光の表現は新海作品の特長だと思いますが、暗いシーンでは特に、逆光や微かな光も美しく描こうと心がけました。」

本田
「地上シーンの美術は、長野県小海町にロケハンに行って撮影した参考写真がありましたが、やはり細部まですべて設定が決まっているというわけではなく、自分で考えて描かなければならない箇所も多々ありました。新しく出てくるシーンの美術は、まず滝口比呂志さん(『星を追う子ども』美術)が全体を見渡せるような美術を一枚最初に描いてくださることが多くて、私も含め他の美術スタッフは滝口さんが仕上げてくださった絵を美術ボードの代わりにして描くということも多かったですね。」

池添
「"夷族の巣"のシーンも最初に滝口さんが一枚仕上げてくださいました。滝口さんの絵を元にして「なるほど、ここはこうなっているんだな。そうするとこっちは……」と自分の担当している絵の細部がイメージしやすくなるんです。滝口さんはたくさんのアニメーション美術の現場を経験してらっしゃる方なので、絵の描き方やスピードもとても勉強になりましたし、なにより作業が本当に速くてびっくりしました。「あれ? 1時間しか経ってないのにもう出来てる!」という感じで。」

青木
「絵の描き込み方に無駄がないんですね。描かなくていいところは描いてなくて、見せるべきポイントは丁寧に描いてある。その見せ方がすごいなあ、うまいなあって思いましたね。これがアニメの美術なんだな、と。しかも、絵の中にしっかりと"空気"が流れているんですよ。そこをなんとかして真似できないかな、技を盗めないかな、と思い、滝口さんが描いてらっしゃる絵の途中の様子をしょっちゅう盗み見たりしていました。滝口さんがトイレに立った隙にチラッ、ごはんを食べに行ってらっしゃる間にチラッ(笑)。」



ロケハン写真 アスナの家・玄関参考
※ロケハン後取り壊され、現在はありません。
美術設定 アモロートの老人の家・お風呂
美術監督・丹治さんによる夷族の巣 コンセプトボード
滝口さんが手がけた夷族の巣 背景美術

池添
「滝口さんはいつも正しい姿勢で「トントントン」っていう感じで絵を描いてらっしゃるんですよ。すごく静かに集中して描いてらっしゃるので、お仕事の邪魔をしちゃったら悪いなあと思って、「ここ、どうやって描いているか教えてください!」とかお聞きすることもできなくて。だから、私も滝口さんの画面と手元を盗み見てました(笑)。」

本田
「私は滝口さんの隣の席だったので、そんなに忙しくない時期に「色ってどうやって決めたらいいんですか?」とか「どうすれば速く描けるようになりますか?」とか質問したら、丁寧に「こうしたらいいよ」って教えてくださいました。」

池添青木
「わー、いいなー!」

青木
「速く描くといえば、丹治さんもものすごく速いんですよ。モニタの中で絵を回転させて(※Photoshop CSの回転ビューツール機能)、勢いをつけて「シャッシャッシャーッ」っていう感じで描いているんです。普通にデッサンを描くときにカンバスを回転させて「シャッシャッシャーッ」って描くように、体を動かしながら、まるで実際の筆やブラシのようにペンタブレットを使っているんです。滝口さんの、静かな情熱を秘めた描き方とはまた対照的でしたね。なんといえばいいのかな、目に見えて情熱的な描き方というような感じでしょうか(笑)。」

池添
「基本的には、私たちが描いた絵はすべて丹治さんが最終的にチェックして修正してくださってから撮影チームに送られるという流れでした。だけど、撮影の段階であがってきた修正箇所を直す仕事の時は新海監督と直接のやりとりでしたので、「どうしようどうしよう、丹治さんのチェックなしに新海さんの手元に自分の絵が渡ってしまうなんて……」と一人でテンパってました(笑)。別に新海さんがものすごく厳しいとか叱られるとかそういうことではなく、自分で勝手に緊張していたんですよね。実際には、私が絵をお渡しすると、新海監督はその絵が良くても悪くても必ず「ありがとうございます」って言ってくださるんですよ。仕事なんですから、そういうことは特に言わずに無言で受け取る監督もいると思うんですが、新海監督はいつもスタッフに優しく気を配ってくださるのでうれしかったですね。しかもたいていの場合、まず絵を褒めてくださるんですよ。その褒め言葉に続いて「ここをもうちょっとだけこうして……」と指示があるんです。逆に、あまりにも出来の良くない絵の時は新海さんが「うーん……」と口ごもるので、すぐに分かるぐらいです(苦笑)。」

青木
「新海監督が"まず褒める"というのは普段の会話でもそうでしたね。社交的というか、なんでもない時でも話しかけてくださって、「どうですか、最近?」から始まって「髪切りました? いいと思います」って褒められるんです。でも髪を切ってない時でもなぜか褒められるんですが(笑)。」

本田
「別に女子だから褒めてるというわけじゃなくて、男性スタッフにも同じように「髪切りました? いいと思います」って言っていますよね(笑)。あとは恋愛話にからんできたりとか……。」

池添
「からんできますよね~。」

青木
「好きなんでしょうね、恋バナ。新海監督から「最近どう?」って聞かれて、特にないですって答えると「えー、もっと何かあればいいのに」って言われるし、進展があったらあったで「えー、別れちゃいなよー」とか言われるんです。適当ですよねえ(笑)。でも、映画監督というとドシンと座って周りに壁を作るようなタイプの人もいると思うんですが、新海監督はスタジオでも飲み会でも積極的にスタッフみんなとコミュニケーションをとろうとしてくださる方だったので、こちらからも話しかけやすかったですし、スタッフ間の空気も良くなって、ありがたかったですね。」

アスナもモリサキも、映画の中だけで閉じているキャラクターじゃない。映画の「外」でも生きている

■最初に『星を追う子ども』のシナリオを読まれた時、どのように感じられましたか。

池添
「ものすごく面白くて、家で一気に最後まで読みました。読んでいる間は自分が美術スタッフをやるということは忘れて一読者としてシナリオを楽しみ、物語の世界に浸っていましたね。死や別れといった普遍的で大きなテーマを扱うことは、負のイメージを伴いますし、ひとつ選択を誤れば重くなりすぎたり薄っぺらくなったりするリスクがありますよね。より注意深く繊細に進めていかなくちゃならないし、難しい挑戦だと思ったんです。ただ、私は『秒速』を見てとても感動したので、今回もきっと素晴らしい映画になるだろうという確信がありました。『秒速』はすごく時間の流れ方が印象的な作品で、たとえばタカキ君がアカリちゃんに会いに行く電車のシーンでは、自分自身の思春期の頃の非力さやもどかしさを思い出したりして、実際の作品の時間よりも長い時間を過ごした気になったんです。背景美術やキャラの表情、間など、アニメーションにできるすべてを使って主人公の思いが表現されていて、当たり前のことかもしれませんがそのバランスや構成の緻密さに感動しました。ですから私も今回、新海監督の新たな挑戦の意欲を感じて、美術スタッフとして初めてなりにも一つ一つ丁寧にできたらいいな、と思いました。」

青木
「私は、今回の作品の中で、モリサキの存在は大きいなと感じましたね。これまでの新海作品における"カゲ"の部分の集大成のようなキャラクターだと思います。タカキとモリサキ、それ以外にも『ほしのこえ』や『雲のむこう、約束の場所』のキャラクターにも通じると思うのですが、新海作品に出てくる人物たちはみんな"思いが強い"ですよね。何かを引きずって、ずっと思いを抱えている。それはもしかしたら新海監督自身の姿かもしれないなと思います。でも今回のモリサキやアスナはこれまでの新海作品のキャラクターとは少し違っていて、思いを抱えながらも何かを変えたい、知りたい、と思って旅に出ますよね。私もこの作品のシナリオを読んだ時に、新海監督自身がもっともっと変わりたい、新しいことをやりたい、可能性を開きたいと考えて、新たな世界へ挑戦しようとしてらっしゃるような印象を受けました。ファンタジーの要素やアクションシーンも増え、キャラクターデザインもこれまでの作品とはずいぶん異なっていたので、完成形が想像できず、「一体どういう感じの映画になるんだろう?」と少し不安に思ったりもしました。」

本田
「逆に私にとっては、そういったファンタジー的な要素があるほうが「アニメらしいアニメだな」と親しみを感じるぐらいなので、『星を追う子ども』の絵コンテを読んでいる時にアガルタや夷族やケツァルトルなど非現実的なものがいろいろ出てきて、ワクワクしましたね。ただやはり、これまでの新海監督のリアル路線とかなり違うので、「新海監督って、こういうのやりたかったの!?」という驚きもありましたが、アスナがお父さんを亡くしてお母さんと二人暮らしであったり、モリサキがリサを亡くしてからもずっと思い続けていたり、というところはやはり新海監督らしい設定だと思いました。新海作品のキャラクターは常に何かしらの"喪失"を抱えながらも懸命に生きているという面があると思うので、そういった大元の部分は変わっていないなと感じました。」

■完成した作品を見て、シナリオや絵コンテを読んだ時の印象から変わりましたか。

青木
「シナリオを読んだときに抱いた"不安"や"謎"といった部分が、最終的にすべて合わさることで、「あっ、こうなるんだ。新海さんが伝えたいことはこういうことだったんだ!」と"納得"に変わりましたね。なので、オススメのシーンを聞かれても「どこどこがいい」とは言えないです。全部のシーンをいっぺんに通して見てほしいなと思います。登場人物たちの感情の深さも、より一層強くなっているように感じました。アスナの背負っているものが彼女の表情から透けて見えることがあって、小学生と思えない瞬間もあり、キャラクターの絵からこんなにも複雑な心情が伝わってくることに驚きました。また、新海監督ならではの光の表現はさらに繊細に進化していて、ただ単に背景美術の光が美しいとかきれいというよりも、そこにいる人物の感情とシンクロしているような光の表現なんです。これは新海さんにしかできないことだろうなあと思いますね。なので私は心の中で新海監督のことを"光と感情をあやつる魔術師"と勝手に呼んでいます(笑)。」

池添
「光が素晴らしく見えるのは、圧倒的に色の存在があると思います。制作中、私としては自分なりに「これでよし!」と思って描きあげた絵を丹治さんにお渡ししてレクチャーを受け、修正したりするのですが、光を意識して色を構成し直すと、そんなにものの形は変わらなくても、かなり印象が変わって絵全体の持つ説得力がぐっと増すんです。そういう色へのこだわりが一枚一枚すみずみまで行き渡っていて、本当に手を抜いていないな、すごいな~、と思います。出来上がったものを見たときには、シナリオを読んだ段階での私の小さなアタマだけでは到底想像も及ばなかった、素晴らしい映像体験が出来ました。新海さんの作品は、いつもどこか現実に根ざしている部分があり、自分の記憶の中の遠い心象風景のように感じます。今回の作品では、アスナちゃんと一緒に旅をしながら大切な人のことを思ういい時間を過ごせるんじゃないかと思います。」

本田
「キャラクターの感情の話が出ましたが、アスナ、モリサキ、シンとシュン、それぞれの人物にきちんとバックグラウンドがあるんですよ。『星を追う子ども』という映画自体は116分のお話ですが、その時間の前後にもキャラクターたちはずっと生きていて、いろんなエピソードがあって。彼らの人生の116分を切り取りました、という感じなんです。映画前・映画後の時間もこの人たちは確かに生きていると信じられるからこそ、アスナの複雑な表情の中に意味を見出せたり、気持ちを汲み取れたりする映画になっているんだと思います。なので、できればまずアスナ、次にモリサキ、続いてシン、というふうに、それぞれの人物になったつもりで116分間映画の中を一人一人生きてもらえたら嬉しいですね。だから少なくとも3回は……あ、いや、その後で全体を見返すとより楽しめると思うので、ぜひ4回は映画館で見ていただきたいですね(笑)。」

褒められて伸びるタイプ! 新海監督はスタッフの性格を見抜いてる!? 

■皆さんが絵の道に進むことになったきっかけについて教えてください。

本田
「もともと絵は好きでしたが、いわゆる"芸術"よりも"エンターテイメント"のほうに興味があったんです。でも高校で美術部に入って油絵を教えてもらってからは、"芸術"の面白みも知りました。それと、私の周りでは、物心ついたときから不況だーリストラだーってバンバン言われてて、「とにかく学校を卒業したらちゃんと就職して正社員にならなくちゃ!」っていう強迫観念みたいなものがあったので、そういうことをいろいろ考えて専門学校のアニメーション科に進みました。」

青木
「本田さん、しっかりしてるなあー(笑)。私が絵の道を志したきっかけは保育園の時ですね。お昼寝の時間に、私一人だけこっそり園長室に呼び出されたんですよ。そこには紙とかクレヨンとか画材一式に加えておやつまで用意されていて、「運動会のポスターを描いてちょうだい」って先生から頼まれたんです。保育園ですからかなり幼かったと思うんですけど、この日のことはハッキリ覚えています。おやつは甘納豆でした(笑)。普通なら入っちゃいけない園長室で、おやつを食べながら絵を描けるなんて、「うわっ、今、私、VIPだわ!」って感激しましたね(笑)。他の人よりも絵を上手に描けるという能力があることで、こんなにも特別ないいことがあるんだなーって子ども心にものすごくうれしかったんです。その出来事があってから、「自分にしかできないことをもっと追求していきたい」という思いがより強まって、それが今の自分までずっとつながっている感じですね。つまり保育園の時に褒められて以来二十数年間、ずーっと調子に乗ってるってことです(笑)。」

池添
「大丈夫です青木さん、私も似たようなものですから(笑)。私の場合、もともと体が弱くて、しょっちゅう体育の授業を見学していたんですが、そういう時にいつもペンと落書き帳を持たされていたんです。だから、体を動かす遊びよりもお絵かき遊びのほうが自分にとって身近だったんですね。それで絵も上手くなって、自分が描いた絵が学校代表に選ばれたりして、みんなから絵を期待されるようになると「よーし、私、頑張って描かなくちゃ!」と思って高校はデザイン科に進んだんですよ。期待されるとそれに応えなきゃって思うタイプなんです(笑)。」

青木
「いやー、やっぱり褒めることって大事ですよねえ。私たちは褒められて伸びるタイプなんですよ(笑)。」

池添
「そういう性分を見抜いていたから、新海監督はいつも褒めてくださっていたのかも知れませんね。」

本田
「なるほど……。」

池添
「でも正直に言うと、風景を描くということ自体、今回のお仕事が初めての経験だったんですよ。高校はデザイン科だし、大学では版画を専攻していたので、風景を描いたことはほとんどなかったんです。だからさっき、ペンタブレットに戸惑ったという話をしましたが、そもそも筆やブラシで風景を描いていたわけでもないので、いきなりデジタルの描き方をこのスタジオで学べたことは、それはそれで逆に良かったのかもしれないと思っています。褒めて伸ばしてもらえましたし(笑)。今は、アナログで風景を描くことにも興味が湧いてきたので、そちらの勉強もしてみたいですね。実はこの後、九州の実家のほうに戻ることになりまして、そちらで新しく仕事を探す予定なんです。今回、アニメーション映画の仕事は初めてでしたが、「やっぱりものづくりに携わるのは楽しいな」と実感したので、できれば九州でも絵や美術に関する仕事を見つけて、創作活動を続けていきたいなと思っています。」

青木
「私も大学卒業後も自分の作品を作っていますので、今回の仕事を通じて吸収したことや、新海監督や丹治さんや他のスタッフさんたちから得たことを、自分の作品作りに生かしていきたいですね。」

本田
「今回こんなふうにインタビューを受けていると、私もなんだかまるで一人前のスタッフになったような気分ですけど、実際にはまだまだ入りたての新人なので、早くメインスタッフとして活躍できるよう日々努力します。これからも一作品一作品、丁寧に美術を描いていきたいですね。」


【インタビュー日 2011年4月14日
聞き手・構成:『星を追う子ども』宣伝スタッフ 三坂知絵子】

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